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依存症から脱却し始めて,確実に自分は「ゆるく」なったなあ〜
と思うんです。 多分,依存症だったころの方が,考え方としては,真面目。 いまでもそういうところはあるんですが,幾分,いや,当時と比べればかなり,「適当」。 そんで,依存してた頃の自分とか,同じ依存症で苦しんでいた周りの人とか,思い返してみると, 「意志の力でなんとか依存を直そう」 「パチンコなんかに依存してしまった馬鹿な自分を叱責して改めよう」 という考え方をしていたし,している人が多かった。 今でも思うのですが,精神的に行き詰りやすい人は, 意志のちからで感情の部分をなんとかコントロールしようとする人が多いように思います。 でも,依存から抜け出す過程であれこれ調べたり,考えたりしているうちに, これって,すごい無理があるって,わかってきました。 思考とか意志っていうのは,人間の精神活動の一部で。 精神活動というのは大雑把にいって「感情」そのもので。 広大な「感情」の一部である「意志」で感情をコントロールしようなんて,無理なんですよね。 例えば,人間という存在を考えてみると。 人間全体が「感情」だとして。 「意志」が脳だと仮定する。 脳は確かに手足などを動かす指令を出すし, 目や耳から入ってきた情報を処理するし,アウトプットもする, 非常に優秀な司令塔。 でも,脳が人体すべてを仕切っているかというと,そうではない。 脳がどう頑張っても制御できない部分もある。 手足が動かせなくなったとして,目が見えなくなったとして, 脳に欠陥ができたわけじゃない(そういう時もあるけど)。 意志で感情の動きの不都合な部分を,全て制御できるわけではない。 また「感情」っていうのが,案外複雑なもので, 身体の状態とも密接に関連しているし, 目や耳や鼻から入ってくるものにも敏感に反応する。 環境にも大いに左右される。 「意志」では理由が判読できないくらい意外な反応をしたりもする。 それだけ広範で多層的で複雑で未解明なものを, 「意志の力」だけで制御できるわけがない。 もちろん,世の中にはそれを「やってる」風な人もいます。 でもそれは,よーくよーく見てみると, 意志で感情=精神活動を従わせているわけではなくて, 意志で上手に精神活動をある方向に誘導する工夫をしている,多分。 自分なりにモチベーションを上げるやり方とか, 苦痛を苦痛だと感じなくする考え方とか。 「意志の力」でうまく制御している風の人と, いくらやってもうまくいかない人との違いは, 自分をよく知り,自分をどう転がせばうまく目的の方向に進むかを理解しているか,と やみくもに「理想のやり方」を自分に押し付けているか の違いなように思います。 人間は基本的に,「意志」の力より「感情」の力の方が,はるかに強力だと思います。 だから,「意志」でむりやり感情を引っ張ろうとしても無駄で, それより「意志」「思考」で上手に「感情」の方向性を変えて, 「感情」のエネルギーを利用する方がうまくいく。 そして,ちっぽけな「意志」の力で何かしようとするよりも, 強大な「感情」の力を利用した方が,もっと大きなことができる。 そんなことをつらつらと考えている,今日この頃。 (続く…かも) |
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パチスロからはすっかり足を洗った私ですが,
実はちまちまやってるギャンブルがあります。 それは,宝くじ ん?宝くじってギャンブルっていうのかな? 賭け事っていう意味では,ギャンブルですよね。 といっても,ジャンボとかロト6とかの高額当選くじは当たる気がしないので, 少額で買えて,継続してわくわく感が楽しめる,ナンバーズを買っています。 毎回ではないんですが,お財布に余裕があるときとか。 数字1種類だけ,セットで買います。 しかし。 これが意外と馬鹿にできないというか。 この2年間で3回当たりました ![]() といってもセットボックスといって,一番当選金額の低い当たり方ですが。 でも私の場合は,ちょっと当選金額の高くなる, ゾロ目が絡む数字を買うので(1125とか9953とか) 当たると4〜5万,多い時で7万弱でした。 毎回買ったとしても,月5千円以下の出費だから, 買わないときも結構あるし,大目に見ても1年で4万くらいの出費かな。 それで今までの当選金額が15万以上なので, パチ流にいえば今のところ7〜8万の勝ち,ですね。 年当たり3〜4万の勝ち。 地味ですが,勝ってるだけでありがたい。 ただ売り場で買うだけで,何もしなくていいから疲れないしね。 とりあえず,投資金額が当選金額を越えそうになったらやめます。 収支マイナスになるのが嫌だから^^; そういえば昔,一度だけジャンボ宝くじを買って, 連番10枚2セット,6000円の出費で,1万円当選が2枚当たって。 結局+14000円となりました。 それ以来買ってません。 せっかく収支プラスになったので,勝利の思い出としてとっておきたい(笑) 当たった時のドキドキ感が,換金するまで長く続くのも好きです。 すぐに換金せずにしばらく持っていると, 何に使おう?ってゆっくり考えられるので, いきなり「飲みに行って使っちゃう」とか, 何か買ったり支払ったりして終わるということがない。 もったいないからちまちま使います(笑) ギャンブルってやっぱり夢を買うというか。 わくわく感と,たまに当たった時の棚ボタの幸せ感を買っているんだな,と思います。 「取り返さなきゃ」とか思った時点で,何か間違ってる。 まーでも,「このわくわく感が…」と思っている時点で, やっぱりワタシって根がギャンブラーなんですね^^; |
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一応,完璧を目指し頑張ってみるわけです。
で,その結果。 80%達成なら… 自分を称賛![]() 60%達成なら… 合格!![]() 50%以下なら… 要注意レベル![]() 30%以下なら… 心を入れ替えて出直す![]() これくらい,ゆるくていいんじゃないかと思い始めた今日この頃。 |
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もうすぐ,お義母さんのお誕生日なのです。
今年のお誕生日プレゼントは何にしよう? 悩むなあ… 去年は薄手のおしゃれなストールにしたんですよね。 普通,家族の方が好みとか喜ぶものとか知ってそうなのに, こういうのって,夫ってアテになりませんよね^^; むー。 お知恵があったら教えて下さいませ ![]() |
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久しぶりに,映画館で映画を観てきました。
それも,私にしては珍しいミニシアター系の映画。 「サラの鍵」は2010年公開のフランス映画。 日本では2011年末から公開が始まっています。 1942年,両親・弟とともにパリで暮らす10歳の少女サラは, 突然訪れた警察に両親とともに連行される。 それはユダヤ人の一斉検挙だった。 サラは,とっさに幼い弟を納戸に隠し, 決して出てはいけないと言い含めて納戸に鍵を掛ける。 すぐに戻れると信じていたから。 しかし,彼らは競輪場に閉じ込められたまま, 一向に帰してもらえることなく,時間だけが過ぎていく… 一方,2009年の現代。 フランス人の夫,そして娘とパリで暮らす, アメリカ人ジャーナリストのジュリアは, 45歳にして妊娠したことを知る。 しかし,予想外の妊娠に夫は冷淡だった。 中絶か出産か,揺れ動く中, ユダヤ人迫害事件を取材するジュリアは, 夫の祖父母から譲り受け,改装中のアパートが, ユダヤ人から接収されたものではないかと疑問を抱く。 そのアパートの過去の住人を調べたジュリアは, やはりそこにはユダヤ人一家が住んでおり, サラとミシェルという幼い姉弟がいたことを知る。 サラ達はその後どうなったのか, そしてサラは納戸の鍵を開けることができたのか… 以下,気を付けてはいますがネタバレしているかもしれません。 映画の内容について極力知りたくない,という方は, ご注意願います。 以下は「続き」に入れます。 |


自分を称賛




